ロールケーキ

 

約束の時間になってもあの子は現れなかった。鞄から携帯電話を取り出して、LINEのトーク欄を遡ると、17番目に彼女がいた。

 

5コール目と6コール目の間で繋がる。しばらく、ムニャムニャ、といった眠気混じりのおぼつかない返事が何度か続いた。ようやく意識がしっかりするや否や、今すぐ行くから、と言い残して、電話口の彼女は消えた。

 

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40分ほど待っただろうか。対岸のバス停に手を振る女の子の姿が見えた。

 

実に半年ぶりだった。再会の喜びに満ち溢れた僕の表情には目もくれず、彼女は軽やかな足取りで一直線に楽器屋へ向かった。

ちょっとした階段を上った先にあるその楽器屋は、多くのエフェクターを取り揃えていることで界隈では有名だった。黄色と赤のエフェクターを店員が手際良く繋いでいく。隣でそれをじっと見つめる大きな目は、今にも弾け飛びそうなほどの興奮を湛えていた。

 

待ちに待ったその時が、来た。彼女は赤いテレキャスターを手に取って、少し微笑み、真っ先にお気に入りの軽快なカッティング・フレーズを楽しんだ後、ゆっくりと音色を確かめ始めた。

 

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店を出るころには街は夜を迎えていた。疲れた、以外の言葉を忘れた彼女を連れて、僕達は商店街沿いに見つけた階段を下りた。途中の出っ張りで頭をぶつけないように、注意を払いながら地下空間へと沈んでいく。

 

大通り沿いのその喫茶店は、今日に限ってはやけにがらんどうで、ウエイトレスの女性は僕達を奥の広々としたソファ席に通してくれた。疲れ切った彼女は席に着くや否やぼうっとしていたので、僕は彼女の代わりに注文を済ませて、ただ、じっとすることにした。

 

しばらくしてホットコーヒー、ホットココア、そしてふたつのロールケーキが運ばれてきた。どっちがいいかい、と分かり切ったことを尋ねるより先に、彼女はココアに口を付けてほっとした表情を浮かべる。それから僕達はそれぞれの半年間についての話に花を咲かせた。話題は尽きることがなかった。

 

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カウンターからは見えないその席には、きっと魔力がある。彼女がうたた寝に入ってからゆうに30分が経過した。僕は時々その寝顔を見やりながら、そしてため息を零しながら、これからのことを考えていた。

 

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時計の針が22時を指した頃にようやく起き出した彼女を連れて、僕たちはまた階段を上がった。あっという間だった。確かにそこに在ったはずの3時間が30分に感じられてしまって、やけに哀しくなってしまう。

 

郊外にある彼女の家へのバスは、次が最後の1本だった。

未だ眠気に取りつかれているらしい彼女の手を引いて、少し先のバス停に着いた頃にはちょうどバスの姿があった。

瞬間、手は離れた。

生活は繰り返して、残酷にも元の形を取り戻すのだった。